黒澤明 作品は、映像関係者なら誰もが、バイブルにしていると思う。カラーになってからの黒澤映画は、非常に鮮烈だ。その中でも赤に対する表現が、どの映像でも特別に感じる。「影武者」「乱」などは、その代表。観終わった後、赤色が残像の様に残る。これらの作品は恐怖、絶望、怒りをで表し、土色が支配する映像に、強烈なアクセントを加えている。

スナップを撮るときに赤いアクセントを見つけると、ついつい撮りたくなる。黒澤映画の影響でなくても、赤いアクセントが気になる経験は、誰にでもあるのでは?

red-1EOS 6D + Summicron R 50mm

長崎の田舎を舞台にした「8月の狂詩曲ラプソディー」がある。物語は原爆を題材にした現代映画だが、緑豊かな風景と元気な子供たちの演技で、暗い作品になっていない。この作品も、アクセントに赤がある。ただ、赤よりも少し柔らかいオレンジ色が、ポイントになっている。原爆にまつわるデリケートな話しなので、鮮烈な印象になる「赤」を控えめに表現したのでは?と推測している。

壊れたオルガンで「シューベルト/野ばら」の一節を演奏するシーンから、この映画は始まる。そして、広い田舎の古い家。縁側で、お婆ちゃんと孫達4人が、横並びに座っている。一番年長の孫が、手紙を読んで聞かせている。縁側の背後は、山と庭の緑が広がる。カメラは部屋の中から、5人を狙う。緑の背景が美しい。逆光なので、人物はやや暗い。カメラアングルは真正面のまま。そして割と長いシーンだ。普通なら単調になり、飽きてしまいそうになるが、黒澤映画は違う。

お婆ちゃんは茶色の着物にグレーの割烹着。子供達は全員ブルーのジーパン、白とグレーのTシャツ。その中で、一人だけオレンジのTシャツを着た男の子がいる。そして、この子がまた、落ち着きが無い。話しの途中で座る場所を変えたりする。想像が付くと思うが、緑を背景にそのオレンジ色が目に付き、躍動感に溢れている。黒澤映画は必ず、どんな場面でも動きがある。無言のシーンでは外が雨だったり、砂埃が舞ったり、雑踏だったり、風が強かったりする。ここでは、座ったままの演技なので、大きなアクションが期待できない。そこに、落ち着きの無いオレンジのTシャツを着た男の子が、画面に動きを付けている。この映画は至る所にオレンジ色の何かが、まるで絵画のアクセントのように、配置されている。しかも、さりげなく。

この映画の特徴は映像だけではない。数箇所に挿入歌があるだけで、BGMが全く無いのだ。「シューベルト/野ばら」と「ヴィバルディ/悲しみの聖母」の2曲。黒澤監督らしいエピソードがある。ジョージ・ルーカスから、スターウォーズ(EP4)の試写に招かれたとき、監督は「音楽が多すぎる」と言ったそうだ。それに対して釈明したジョージ・ルーカスを泣かした、という逸話が残っている。

この映画でもう一つ。8月9日、村の集会場で、お経があげられている。カメラは突然、地面を写す。アリの群れが、何か運んでいる。ファーブルになった気分で、観察的に見てしまう。カメラはアリの行方をずっと追う。背後から聞こえる般若心経。何かの茎を登るアリ。カメラは、マクロでアリに寄る、般若心経が佳境に入る。ゆっくりカメラはアングルを上に向ける。突然、画面いっぱいに映し出される赤いバラ。。。。泣く。。。。

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