黒澤映画を語るとき、モノクロ映画は避けられない。現代映画でもモノクロ作品はあるが、黒澤映画は違う。モノクロを感じさせないモノクロ映画なのだ。その中で、1963年「天国と地獄」はミュージックビデオを作る上で一番参考になっている。照明の使い方やアングルなど、まるで教科書のようだ。

サスペンスと人間ドラマが、絶妙なバランスで描かれている傑作。前半は完全な室内劇。三船敏郎、伊藤雄之介、三橋達也ほか、名優達の演技で見せる。靴メーカー重役(権藤/三船敏郎)の息子が誘拐される。身代金3千万円を要求され、権藤はそれに答える。しかし、犯人は子供を間違ってしまった。それは権藤の運転手(青木/佐田豊)の息子だった。自分の息子でないと安心した権藤は、金を払わないという。しかし、権藤は堅物だが人間味に溢れる男。警部/仲代達矢、権藤の妻/香川京子も加わり、権藤を説得。最後は権藤自身が決意して、身代金と子供を交換する段取りをつける。ここまで約50分間、ほとんど居間と廊下だけで行われる。

参考にしているのは、次の中盤。この映画で最も有名な、現金3千万円と子供の引き渡しシーン。たった5~6分だが、重要なシーンだ。犯人は厚さ7cmの鞄2つに、3千万円を分けて入れ、時間指定した特急こだまに乗るよう指示する。権藤と警察チームも同乗。子供の顔を見てから渡す条件で、犯人からの接触を待っている。しかし、車内に子供の姿がない。暫くして権藤に車内電話がかかる。” 何時何分に電車が鉄橋を渡る。鉄橋を渡る手前で子供を見せる。確認できたら、鉄橋を渡った土手に鞄を投げろ。特急には窓がない。だが、洗面所だけ7cm開く”。巧妙な指示。

ハイアングルで、うろたえる警部をカメラが捕らえる。どうすることも出来ないと判断し、受け渡し現場を撮影しようと試みる。車内を走る刑事達、手持ちカメラが後を追う。子供を確認した権藤。8mmをセットする刑事をローアングルであおる。車内から鉄橋を撮る。窓の隙間から鞄を投げる。鞄を拾う犯人。叫ぶ権藤。おもむろに顔を洗う。約6分に詰め込まれた映像は、ジェイソン・ボーンと変わらない。むしろ、より緊張感がある。細かいカット割りと手持ちカメラを使っていても、要所要所に長回しが混じっている。何より素晴らしいのは、映像の立体感に尽きる。電車内という狭い場所でも長めのレンズを使い、照明は顔に影を付け、役者の表情を豊かにしている。明暗を付けながらも階調豊かな映像。どんなレンズを使っていたのだろう?モノクロを感じさせないのは、これが理由かも。

このシーンは私が作るミュージックビデオの基盤になっていて、撮影前は何度も見る。そして編集時、カット割りがしっくりこない時、このシーンを見直している。ここに紹介する「木立 KODACHI/時の回廊」は、そうして制作した作品。レンズはAPO Macro Elmarit R 100mmとSummicron R 50mm。カラーだが、コントラストを控えて、暗部が潰れにくくしている。ピアノと胡弓、座ったままの演奏で一見地味だが、彼らのエネルギーと音楽の世界観は伝わるはず。こんどはモノクロで撮ってみたい。

 

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